芯まで腐ってる

もうとっくの昔にダークサイド

お金で幸せが買いたい

今、派遣社員で正社員と比べると圧倒的に少ない給料しかもらっていないが貯金はいっぱいある。

大体1000万円ぐらいはある。ほとんど運用しているか保険買っているのだがぱっと使える銀行口座にも200万円以上は入っている。

もし今死んだらもったいないのでとりあえず手持ちのお金で幸せを買いたいのだが幸せを買うことが出来ないことに気がついた。

 

 

服を買ってみた場合

幸せになるために今まで買ったことのないような高いオーダーメイドのスーツを仕立ててみたとする。

30万円ぐらいあればアルマーニでも買えるだろう。

ただ、その服を着たとして、ブサイクが服だけ高い奴着たからと行って本質が変わるわけでもなく社交会に行くわけでもなく、普段の仕事でスーツを着る機会もなく着て街を歩いてバーにでも行ってキャバクラにでも行って金持ち気取りをして終わりだろう。

これの何が幸せなのだろうか?

おそらくどんな服を買ってもブサイクが着こなせずに持て余して着なくなるだけである。

実際昔それなりのセレクトショップで5万円のアウターを買ったが3回しか着ていない。ブサイクが気取ってる感が恥ずかしくて着たくないからだ。

俺にはユニクロの動きやすい服が一番フィットする。それか無印良品でいい。

 

高い飯を食ってみる

これに関しても正直グルメではない俺にとって高い飯など全くもって幸せを感じるものではないだろう。

確かにミート矢澤の1万円のハンバーグ弁当を食ってみたい気はするがおそらくびっくりドンキーの10倍幸せを感じるか?と言われるとそれはないと思う。

だったらびっくりドンキーでハンバーグ食ったほうがええやないか。寿司とかも一人2万円の寿司屋がスシローの20倍美味いのか?と言われると疑問である。

昔、景気が良かった時に社長に何度か高い寿司屋に連れてってもらったり、会社の新年会で職人呼んで握ってもらったりして確かにうまかったけどスシローとかすしざんまいの10倍以上の金を払う価値があるか?と言われると俺はスシローでシーチキンとか食いたい。

 

旅行に行く

旅行は好きだ。昔は結構よくあちこちに旅行に行っていた。ゴールデンカムイ見て北海道行きたくなって新幹線で函館行ってみたり飛行機で札幌とか小樽に行ってみたり沖縄に行ってみたりした。

幸せかと言われると多分他の金の使い方よりは幸せだと思う。

ただ、正直旅行とか色々調べて行かなきゃなんなかったり雨とか降ったりすると予定が狂ったり、別に大した見どころがなかったりという残念なところも受け入れる必要がある。

正直体力的に疲れるしそんなにしょっちゅう行くこともない。

 

物を買う

物を買うというのが一番虚しい金の使い方だと思う。金があるからとりあえずなんか高そうな時計買ってみるとか高そうな車買ってみるとかそういう金の使い方が本当に虚しい。

時計なんて時間さえわかればいいわけでそれだったら100均で売ってる500円程度の腕時計で十分だし、私のように山登りとかする人は標高がわかるメーターが付いた高性能なプロトレックとかを買ってもいいけどそれも2万円ぐらいで買える。

オーデマ・ピゲやらウブロやらROLEXやらヴァシュロン・コンスタンタンなんかの超高級腕時計を買っても怖くてつけられないだろう。ただの置物に高い金を払って幸せになるのか?いらんよね。

車とかも毎日ドライブする人とかなら高い車は乗り心地が良くていいかもしれないが私など去年車を売ってからほぼ運転していないがなんの問題もないわけで、車を買ってもしょうがないだろう。前車持ってた時も毎週汚れてるから掃除する時間がもったいなかったし週1回ぐらいしか乗らないのにやたら維持費が高くてこの維持費でタクシー使ったほうが良くね?っていつも思ってた。

 

家電に関しても掃除機は7年前に買ったダイソンが調子よく動いてるし、洗濯機は近くのコインランドリーで十分だし他も最近はアイリスオーヤマが安くて最高。家族がいるとかで大容量が必要だったりしなければ激安ので十分なのである。

 

結論

金で幸せは買えない。金は道具でありたくさん持っているから幸せになれるのではなく、使い方が重要である。

 

幸せは自分の足で歩いて見つけに行くものであり、金で買うことは出来ない。

 

昔はやりたいことがたくさんあって金がなくても幸せだったけど、今じゃ何がしたかったのかわからなくなり、ただやることがないから毎日とりあえず働いている感じになっている。

悲しいかな人間というものは年を取るたびに情熱が消えてしまうものなのだろう。そして今年もまた一つとって37歳…ハッピーバースデー俺。