ザ・リビングデッド

私は既に死んでいますが肉体はまだ動くようです

日本が集団主義である理由

俺の解釈では今も江戸時代の名残からこういう集団主義が続いているのだと思う。

江戸時代は関所があり、自由に住む場所を変えることができなかった。そのため村に帰属していてその村で平穏無事に生きていくためにはとにかく和を重んじ目立つ行動をすることができなかったのが今も続いていると感じる。

 

村では集団の利益を守ることがとても大事で誰かがそのルールを破り働かないでサボっていたり一人だけ儲けたりすると和が乱れるので全力で潰しにいき、最悪の場合村八分にして村から追放した。

みんなが協力しないと堤防補修などの土木工事も上手く行かず、家をたてるのもみんなが協力するのが当たり前。村の自治も火消しなんかもみんなで協力しただろう。

そのため集団を維持するために密なコミュニケーションが必要で祭りをみんなで行ったり、よくわからない会合みたいなのも頻繁にやらなきゃならなかった。

 

という江戸時代の暮らしの名残がずっと残ってるから今も日本は監視がきつく、自分の周りに少しでもサボってるやつや稼いでいるやつを見つけたら全力で潰しにいき、村八分にする。

 

そうしないと集団の利益を守ることが出来ないという教えを守っているのだろう。貧しい時代が長すぎてもしも誰かがサボったり食べ物を独占したら誰かが餓死する時代が長すぎたせいで今も日本は村社会…。

 

沖縄県はその村社会の時代の名残が非常に色濃く残っており、移住しようとして内地の人間が移り住んでもまず受け入れてもらえない。受け入れてもらうためには100年(三世代)かかるとまで言われている。その代わり仲間意識はとても強く助け合いの制度が今もゆいまーるという形で残っている。

 

全て日本が島国でその国土の7割が山地というかなり特殊な条件で生き抜くための必然なのかもしれない。

 

ただ、今はグローバル社会であり、個人主義が日本でも広がっている。村社会は集団を維持する上では非常に有効であるが個人を伸ばすのはとても苦手で誰かがちょっとでもいいやり方を考えついて制度を変えようとしても中々変わらない。

 

日本は泥臭い土木工事とかものづくりは得意だけどシステムやソフト作りはめちゃくちゃ苦手だと思う。なぜなら効率のよいシステムを作ってこなかったからだよ。こだわりの仕事は出来るけど上手く効率よくする仕事は苦手。

 

この集団主義個人主義に変わるとしたらあと50年はかかる。世代交代以外の方法で考え方が変わることは無いということはガリレオの地動説が一般化されるまでに100年かかったことが物語っている。

 

私はもう諦めて村社会から飛び出して一人で仙人のような生き方をしていくことを選んだ。もはや金の力でなんでも出来るので村社会に帰属する必要は特にない…。